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シカゴが四国に!?(1)
2007-08-18
僕の転職経験を活かして、友人の転職相談に乗ったことがあります。そのことを書いてみたいと思います。
僕に相談を持ちかけた彼は、僕が前に勤めていた会社の同期であり、今でも付き合いのある友人です。
前に勤めていた会社とは、古い体質のオーナー会社、前の記事「就職活動〜違和感というシグナル」で書いた会社です。
この会社は、バブルが崩壊してからずっと業績が右肩下がりで、数十年間にわたって上市した新製品もありませんでした。
このままの状態が続けば、市場ではジリ貧になるという、漫然とした危機感を多くの社員が持っていました。
そのような状況を打開するために、外資系のライバル会社と、日本に合弁会社を設立するというプロジェクトが立ち上がりました。
合弁会社設立は、この会社創業以来初めての経験であり、会社の存亡を賭けたプロジェクトでした。
合弁会社設立について、社内が揺れ動いていたある日、友人は役員室に呼び出され、プロジェクト担当役員から、ある任務を与えられました。
その任務とは、
という、合弁事業を進めていく上で、とても重要な任務でした。
彼は、過去にも旧帝国大学や他の企業との共同研究プロジェクトの担当者に何度も抜擢され、プロジェクトを通じてぐんぐん力をつけていった、とても優秀な研究マンです。
パートナーの外資系会社の本拠地は、アメリカのシカゴ。
シカゴへの出向は、彼の輝かしいキャリアの一ページとなるはずでした。
そして、業務提携の社内発表の当日、彼に降りた辞令は。。。
というものでした。
役員から与えられた任務は、その辞令のどこにもありませんでした。
「シカゴ」が「四国」に。
彼が転職を決意するに十分な理由でした。
次の記事「シカゴが四国に!?(2)」に続きます。
この会社は、バブルが崩壊してからずっと業績が右肩下がりで、数十年間にわたって上市した新製品もありませんでした。
このままの状態が続けば、市場ではジリ貧になるという、漫然とした危機感を多くの社員が持っていました。
そのような状況を打開するために、外資系のライバル会社と、日本に合弁会社を設立するというプロジェクトが立ち上がりました。
合弁会社設立は、この会社創業以来初めての経験であり、会社の存亡を賭けたプロジェクトでした。
合弁会社設立について、社内が揺れ動いていたある日、友人は役員室に呼び出され、プロジェクト担当役員から、ある任務を与えられました。
その任務とは、
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という、合弁事業を進めていく上で、とても重要な任務でした。
彼は、過去にも旧帝国大学や他の企業との共同研究プロジェクトの担当者に何度も抜擢され、プロジェクトを通じてぐんぐん力をつけていった、とても優秀な研究マンです。
パートナーの外資系会社の本拠地は、アメリカのシカゴ。
シカゴへの出向は、彼の輝かしいキャリアの一ページとなるはずでした。
そして、業務提携の社内発表の当日、彼に降りた辞令は。。。
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というものでした。
役員から与えられた任務は、その辞令のどこにもありませんでした。
「シカゴ」が「四国」に。
彼が転職を決意するに十分な理由でした。
次の記事「シカゴが四国に!?(2)」に続きます。
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